知財アナリストのひとりごと

特許情報分析・知財戦略をやさしく解説します

チキンラーメンと長寿麺

 カップラーメン、おいしいですよね。

 

 私は、3食カップラーメンでも大丈夫

なのですが、まあ、毎食カップラーメンを

食べていたら体に悪いでしょうから、

我慢しています。

 

 私が好きなのは、カップ麺では日清食品

シーフードヌードル、袋入りでは明星食品

チャルメラしょうゆ味です。

 

 皆さんは何が好きですか?

 

 「そんなの知らねーよ」という声が聞こえて

来そうですので、話の本題に入ることとして、

東京新聞に、日清食品の記事が出ていました。

 

http://www.tokyo-np.co.jp/article/economics/news/CK2015061202000155.html

 

 チキンラーメンの特許については、今まで

にもいろいろ書いている方もお出でですが、

私のほうでも、少し書いてみましょう。

 

 上の記事では、日清食品さんが、東明

商行さんの製法特許を買い取ったという

ことで、即席麺には長寿麺というもう

一つの元祖があったそうで。

 

 両方とも、油で麺を揚げる製法は共通

でしたが、味付け方が違っていたので、

日清食品さんが東明商行創業者の張国文

さんから登録前の1961年(昭和36年

ですね)に買い取ったのだそうですね。

 

 現在の価格では3億円だそうで、長寿

麺のほうの発売は1958年(昭和33年)春、

チキンラーメンのほうは遅れて8月

だったそうで、チキンラーメンの発売前、

日清食品幹部を長寿麺の工場に案内

したとのことですので、日清食品の安藤

百福さん、先見の明と商売の才覚のほうも

一流だったんですね。

 

 それでは、どんな特許なのか、張国文

さんの特許公報を見てみましょう。

 

 出願が昭和33年12月18日、

出願公告は昭和35年11月16日、

公告番号は、昭35-16974号、

発明の名称が、「味付乾燥の製法」

というものです。

 

 公告というのは何か?というのは

以下を見てください。

 

oukajinsugawa.hatenadiary.jp

 

 安藤さんのほうの特許公報は、

出願が昭和34年1月22日、

出願公告が昭和35年11月16日、

公告番号が昭35-16975号

発明の名称は、「即席ラーメンの製造法」

というものでした。

(こちらのほうの発明者の名前は、「安藤

須磨」さんとなっているのがご愛嬌という

ことで)

 

 あんれー、おんなじような名前の発明で、

なんで特許になったんだ?というところ

ですが、実は、特許出願の昭和33年12月や

昭和34年1月というのは、ふるーい古い

大正10年に制定された特許法だったんです。

 

 このふるーい特許法のもとでは、今の

進歩性という要件はなく、単に、おんなじで

なければ登録してもらえたんです。

 

 また、海外で知られていてもよかったん

ですよ。

特許法的に書くと、旧法1条及び4条各号

となりますね。ちなみに、昭和34年の

大改正の法律の施行期日は、昭和35年

4月1日からで、それより前の出願は、古い

法律で審査されたりしていたんです)

 

 ということで、めでたく、2つとも特許登録

がされたわけですが、それでもおかしいです

よね。

 

 長寿麺も、チキンラーメンも、昭和33年に

もう発売されていたのに、その後に出願した

のになんで登録されたんだ?と思いますよね。

 

 これにはふかーい深いわけがあるんです。

(たいした理由ではないですが)

 

 古い法律では、実は、「第三条 左ニ掲クル

発明ニ付テハ之ヲ特許セス

一 飲食物又ハ嗜好物」 (古いですね)

となっていて、食べ物は特許にしてもらえな

かったんです。

(医薬や、化学物質も特許にしてもらえず、

そのうち核物質も「ダメ―」と言われるように

なったんですが、今登録されないものとして

残るのは、いわゆる「公序良俗」と言われる

ものだけになってしまいました。

(「公序良俗だって、別に登録したって

いーじゃん、ねー」、などと、私が言って

いては、いけないわけでして))

 

 ということで、食べ物が登録できなかった

のは、「な~~んでかっ?」

堺すすむさんの漫談調で読んでください。)

 

 「それはねっ、まだ日本が貧乏で、食べ物が、

特許になってしまったら、食べられなくなって

しまう人が出てきてしまうからっ。」

(そのほかの理由もありますが)

 

 ということで、食べ物にも特許がされるように

なったのは、ずーっと経って豊かになった昭和

50年改正からなんです。

 

 ということで、食べ物で特許化するため

には製造方法での特許化を考える必要が

あったわけで、このため、上記した2つの

特許も製造方法となっているわけです。

 

 ということは、ラーメンが売り出されて

いても、その後に出願された製造方法が、

果たして、そのラーメンの製造方法なんだか

違うんだか、わかりませんよね。

 

 同じ製造方法が、すでに特許出願されて

いれば、また別で、「あんた新規性ないね」と

言われてしまいますが。

 

 ということで、「インスタントラーメンの

製造方法は画期的だから、インスタント

ラーメンが発売されていても、特におまけ

して登録させてあげる。」と言ったんでは

なくて、「うん、新しいから登録させて

あげよう」と言ったんですね。

(ほんとにそう言ったわけではないと思い

ます、です、はい。

ちなみに、現在の特許庁さん、こんな

甘ちゃんではありませんので、商品発売

してから、真似して、製造方法の出願を

するのはやめましょう)

 

 と、いろいろ考えて来たわけですが、

実はもう一つ不思議なところがあるん

です。

 

 両方とも出願公告が昭和35年11月なの

ですが、登録が両方とも昭和37年6月だ

そうで、公告から登録までがすごく

長いんです。

 

 昔の法律では、「第七十四条 出願公告アリ

タルトキハ何人ト雖出願公告ノ日ヨリ二月以内

ニ特許局ニ特許異議ノ申立ヲ為スコトヲ得」と

なっていますので、何にもなかったらこの後

すぐ登録になってしまうんですが、上を見ると

長いでしょう?

 

 ということは、お互い「異議あり」などと

やっていて、安藤さんが、「しゃあない、

買い取りまひょか」(なんか大阪弁と京都弁が

ごっちゃな気がしますが、そこは置いておいて)

とか言いながら、36年8月に張さんから権利を

買い取った可能性があるんです。

(このへんは、包袋(ほうたいと読みます。

昔は審査経過などを袋に入れて、ひとまとめに

していたので、こう呼ばれています)を

見たわけではありませんので、王花陣特有の、

いいかげんな推測です。すんません)

 

 と、まあ、いろいろあったわけですが、

決して、安藤百福さんの食への貢献が、

小さなものだった、ということにはなら

ないでしょう。

 

 ということで、参考のために、張国文

さんと、安藤さんの公報を貼り付けて

おしまいに致しましょう。

 

 新聞に書いてある、製法の違いも記載

されていますので、興味のある方は読んで

みてください。 

 

・ 張国文さんの2頁のうちの1頁目

 

f:id:oukajinsugawa:20150617132035j:plain

 

・ 安藤さんの3頁のうちの1頁目

 

f:id:oukajinsugawa:20150617132053j:plain

 

 

 

 2015年6月29日(月)追記:

 以下の元日清食品の方の話では、やはり、

異議申し立てが13件も出ていたと書かれて

いますね。

 

http://www.shokusan-sien.jp/sys/upload/166pdf52.pdf#search='%E6%97%A5%E6%B8%85%E9%A3%9F%E5%93%81%E3%81%AE%E7%89%B9%E8%A8%B1%E6%88%A6%E7%95%A5'